「目の前の人が暑い、というと、
自分は好きではないのに『クーラーつけますか?』ときいてしまうような質で、
最近、『絢子さんそれ考えすぎだよ、ただ暑いねって言っただけ』と言われて、
ああそうかと思う。
今まで考えすぎ=杞憂ということかと思って、
自分は考えすぎなんかぢゃないと思っていたのですけれど。
そうではなくて分析解釈しすぎるってことなのね。
やめちゃいましょう、そんなことは。
ただ受け止めてみましょう。
人はクーラーつけたかったら提案してくれるだろ。オトナなんだから。
雑誌kunel7月発売号。染織品の修復保存家や、ホスピタルアートを実行した女性、DIYの街ポートランドで生きる人人、真鶴に独自の服ブランドを携え移住した人。
小さな映画紹介までぶれない語り口の芯は「生き様」。
今回の号はそれが徹底していて、改めて読み、熱で汗と鼻水が止まらないのに加えて涙が流れる。
ライターの一人鈴木るみこさん、人生の何処かでお会いしたいです!こういうことは騒ぐことにしました。
カミナリ。」
更新をやめた個人FBからの引用でした。
夏はいつも、出力が盛んらしく、過去の自分からの気づきも多くて、引用しがち。
すみません。
2013年8月11日。
このころはリフレクソロジストになるとは思ってもみませんでした。5年前。
でも、5年前も、今と同じくカミナリの音がしていたようです。
そして、今でも、鈴木るみこさんには、お会いできていません。笑
セラピューティック・リフレクソロジーでは、
足への刺激方法が独特であるだけでなく、
その人の全体を見て、
ホリスティックに、分析解釈(見立てと弁証)をします。
分析解釈(あたま)と感覚の受容(身体)を、
同時に奔(はし)らせる必要があり、
きっと優れたセラピューティック・リフレクソロジストは、
これが天才的に緻密かつ自由壮大なのではと思う。
診断も治療もしませんが…
そこに固まった心身が、
指で解され、言葉で解され、場に解されて
一回り豪胆になるようなセッションがしたい。
と、ここで豪雨来たる、
ここぞとドロドロに汚れた網戸を洗ってもらえと差し出したのですが、
風足りず、全然だめでした。
まだまだ五行の読みがあまい。