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日本ソマティック心理学協会大会1日目

  • 2018年10月10日
  • 読了時間: 5分

この世にアートとして存在することなら、すべて自分事である、というような巨大な好奇心をもっていて、その好奇心自体をまたアートとして組み上げることができるのが知の巨人たちだったりするのでしょう。

混沌としていることを恥じず、迷走を楽しむこと。

知の好奇心に満ちた人たちというのは

器用、不器用あれど少数ではない。

そして、器用な人たちが、

「リベラルアーツ」という言葉を再発見してくださって、

不器用なわたしに「あんたがやっているのは、これじゃろ」と教えてくださったような気がする、この夏秋シーズン。

そしてワード「リベラルアーツ」とともに、

わたしの混沌のど真ん中に入ってきた「ソマティック」という言葉に、

興奮して秋冬シーズンが始まりました。

「寒露」ですね。

「秋分」はほとんど意識がなかった…。

ばたばたしていて、という言い訳がありますが、

本当にそのとおり、「選べ」ではなくて「全部やってみろ」という声に前のめりになっていました。はあー。温泉に浸かりたい。湯の音を聴きたい。。。

日本ソマティック心理学協会」の第5回記念大会というのがあるとフェイスブックで知りました。

↑会場になった上智大学で、久しぶりにサブウェイでご飯を食べながら…

古い大学校舎がやっぱり好きだわ。

4月の コマツさんゲストの「ほぐしをほぐす」の時からずっと気になっていた単語「ソマティック」。

ソマティックということに関しては、

4月の「ほぐしをほぐす」でもお世話になった小松ゆり子さんの

をぜひ。

(そういえば大会中、セラピストとして築いてきた自分が揺らいでしまう、と言ったわたしに、「わたしは揺らぎ続けてきたのでもう自分はないなと感じる」と応えてくださった小松さん。それを聴いて自分の境界線をちょっと淡いものにすることができた。

そのあと、「前後左右に揺さぶられ、結果自分の真ん中に戻る」と言い直してくださったけれど、自分のアピール(境界線)を削げば削ぐほど、個性が全体に立ち上るということについては、オーケストラの広報時代から、先輩がたに言われてきたことだなと思い出します)

とにかく2日間、ほかの仕事は入っていなかったので、参加ボタンを押しました。ソマティックなフレーズで言えば、「参加できたというのも何かの縁」なのだろうと思っています。でも言葉にしてこう書いてみると、まだこそばゆいものですね。 「スピリチュアル」に対しての「わかっちゃいるけれど、語りたくない」というイメージは、

使うことを拒否されて迷ったパズルのピースみたいに、

身体に固執した施術者として気を張っていたわたしの上を、ずっと漂っていました。

「いつオレを言葉にするんだー?」みたいな感じで。

この大会では、そのピースをかちっとはめて下さるような講演を聴くことができました。

1日目午前は、日本プロセスワークセンター コーマワークジャパン 佐野浩子先生と、くにもときく先生の「コーマワーク」の導入、紹介ワークへ参加しました。

「言葉以前のつながりをつくる」というテーマに惹かれたのがあります。

実際には、

「話せない、動けない」または少しショッキングですが「昏睡することをえらんだ」ひとたちの意思をくみとり対人コミュニケーションを築くということを、

魔法ではなくて、「想像する」力で実践するということ。

深い敬意を覚えたし、これはスピリットの存在を無視してはできないことであると感じました。

その時、すごした時間のことが後のレクチャー中によみがえってきて、

「見えないものを、察するというのは、けっこうつらいことなのではないか」とメモに書いています。

十音のセッションでも、

クライアントは「うつらうつら」と、睡眠と覚醒の間を縫うような状態で90分を過ごされることが多いのですが、その間にわたしが受け取る「表現」に、

どう応えたらよいのかというのは考えます。

実際、すごく施術者の心身が疲れていると、それに「応える」ことができず、

リフレクソロジーなら差し込む刺激の質に影響してしまうとも思います。

ワークをしていて自分自身に気付いたこととしては、

わたしはまだまだ「見ていない!」ということ。

応答することの重さに耐えきれていないのかも…

わたしたちは、「植物状態」という言葉を使うけれど、

そこに引用されている「植物」だって小さな動きで、

きもちを表現しているかもしれない、と思いました。

↑コーマワークのもととなっている、プロセスワークの入門書。

読んでみようっと。

そして、午後のパネルディスカッションにおいては、

「人智を超えたおおいなるもの が存在しないケアは、必ず行き詰まります!」(むんっ) グリーフケアの最前線、髙木慶子先生が真っ白な顔で、会場に最後に叫ぶように言ったこの叱咤激励を、わたしはずっと欲しかったと思います。

とにかく、自分の人生で叱咤激励をいただけるという機会は貴重なので…

広い講義室の一番うしろに座るわたしに叱咤も激励も届けるエネルギーは髙木先生にとっての「おおいなるかた(神)」の存在があるのだと信じるに十分でした。

もちろんおおいなるもの、が何かというのはその人それぞれにとってで、子どもの時のわたしにとっては髙木先生と同じ(しかし罰することの好きな厳しい)神だったし、今のわたしには五行なのだと思います。

↑「入門書」というのに拒否感がなくなったのも興味深い。

実践を言葉にする作業の「おおいなるもの」がありますね。

 *

そんなこんなで、とにかく「仕事のリベラルアーツ」はますます説明しがたい。

以下に自分の今の「おしごと」を書き出してみたけれど、 リフレクソロジーを取ってしまったらわたしのエリアマネジメントのしごとは成り立たないし、エリアマネジメントのしごとを取ってしまったらわたしは施術者として成長しないと思う。

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